日本最初の砂金発見地に建ち金運のご利益を求める参拝者も多い黄金山神社

黄金山神社

宮城県涌谷町にある黄金山神社は、日本で最初に砂金が発見された場所に建つ由緒ある神社です。天平時代に発見された砂金はただちに朝廷に献上され、聖武天皇の発願でつくられていた奈良東大寺の大仏の鍍金に利用されました。現在は黄金山産金遺跡として一帯が国史跡に指定され、芸能人をはじめ金運アップを求めて訪れる人も多く、隣接して砂金採り体験ができる天平ろまん館があります。

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黄金山神社のアクセス方法と駐車場

黄金山神社は涌谷の市街地からは離れていますので、鉄道(JR)を利用する場合は、石巻線涌谷駅で降りてタクシーに乗り換えて10分ほどとなります。
マイカーの場合ですと、東北自動車道の古川インターチェンジから国道108号経由で約45分、三陸自動車道の松島北インターチェンジから国道346号経由で約30分ほどとなります。駐車場は境内の入口、巨大な金色の鳥居の脇にあります。

黄金山神社の御朱印や授与品

黄金山神社の御朱印をいただく方法ですが、現地の社殿の脇にも授与所はあるものの、涌谷神社の兼務社のために人がいないことが多いため、涌谷城跡の城山公園に鎮座している涌谷神社(宮城県遠田郡涌谷町涌谷下町1−2 電話:0229-42-2619)の社務所に伺うことになります。
黄金山神社の御朱印は、砂金献上にちなんで中央の菊花紋の印が黄金色の印肉になっているのが大きな特徴です。
正月三が日限定の文字を金色で書いた御朱印もありますが、人気のためいったん預かりで郵送返却のかたちになります。

なお、サッカーのベガルタ仙台のチームカラーは宮城県が日本最初の黄金の産地ということにちなんでゴールドとなっていますが、その縁で毎週金曜日 10時から14時まではベガルタ必勝祈願ダルマ・選手サイン入りユニフォームの特別開帳が現地で行われています。

そのほかにも黄金にまつわる授与品がいろいろとあり、名入れの黄金ダルマ、ウコンで着色した黄金砂、本物のコガネムシが入った根付など、金運アップのご利益を意識したものとなっていて、実際にサマージャンボ宝くじの当選報告などもあるようです。

黄金山神社の基本情報

鎮座地 宮城県遠田郡涌谷町涌谷字黄金宮前23
祭 神 金山毘古神 天照皇大神 猿田彦命
配 祀 軻遇土神 月読命
例 祭 9月15日
連絡先 涌谷神社社務所 電話番号:0229-42-2619
黄金山神社には通常は神職がいませんが、そのかわり隣接地に「くがね庵」という黄金の茶室があり、冬場を除いて毎日10時から15時まで営業しています。抹茶・和菓子セットなどを500円でいただけますが、実質的な黄金山神社の案内所ともいえます。

黄金山神社の由緒や御祭神

黄金山神社や国史跡黄金山産金遺跡の由緒と御祭神について、社頭の案内板には次の通り書かれています。

国史跡 黄金山産金遺跡と黄金山神社

涌谷(陸奥国小田郡)は、日本で初めて会(砂金)が採れた所である。それは奈良時代、聖武天皇によって東大寺の大仏が建立されていた時のことである。
大仏は銅で鋳造した後鍍金する金銅仏であった。だがこの鍍金用の金が不足し、大仏の完成が危ぶまれていた。そこへ天平21(749)年、小田郡から日本で初めて産出した黄金900両(約13kg)が、陸奥守百済王敬福によって献上された。この黄金によって大仏は無事完成へと導かれたのである。
このできことは世の中を大きくわかせ、聖武天皇は年号を天平から天平感宝へと変え、大伴家持は初産金を祝して歌を詠み、万葉集に残した。
黄金山産金遺跡は、発掘調査によって河川で砂金が採取できることが確認され、奈良時代の建物跡が1棟発見された。この建物は、産金を記念して建立された六角円堂と推定されており、天平産金の重要な関連遺跡として、昭和42年国史跡の指定を受けた。
一方黄金山神社の歴史は古く、初産金のあった天平21(749)年、砂金が採れた山に神社があったことを示す記録がある。この神社が涌谷の産金と深い関わりのある黄金山神社で、後に国の官社となった。その後砂金の枯渇とともに朽ちたが、江戸時代に沖安海によって再興され、現在も人々の信仰を集めている。
かつて砂金を採った地域は、本史跡を中心とした箟岳丘陵一帯と考えられている。今でもこの丘陵のあちこちの沢から採れるわずかな砂金が、古代の栄華を現代に伝えている。

Wakuya’s placer gold and the Great Buddha in Nara
The Great Buddha in Nara was made of bronze and then gilded. But Emperor Shomu had anxiety about the shortage of gold for gilding the Great Buddha. In 749 the placer gold in Oda County (Wakuya) was for the first time discovered in Japan. It was dedicated and used for gilding the Great Buddha.

Koganeyama sheine
The koganeyama shrine was first written in documents dated 749, in which contained the description of placer gold mining Oda County (Wakuya). The Koganeyama shrine fell into ruin with the exhaustion of gold dust, but was reconstructed in 1835.

発掘調査
昭和32年、東北大学教授伊東信雄によって、黄金山神社周辺の発掘調査が行われた。その結果、建物の基礎になった根石が4基発見された。根石の上に据えられた礎石は検出されなかったが、現在の神社拝殿に使われている10個の大きな礎石が、古代の建物から転用されたと考えられている。

Excavation Results (Koganeyama-Sankin Site)
In 1957, Prof. Ito Nobuo of Tohoku University excavated the area of Koganeyama shrine in Wakuya and found the remains of a building constructed in the 8th century, which probably was connected to the placer gold mining site.

黄金山神社の祭神
主神 天照皇大神 金山彦命 猿田彦命
黄金山神社の祭日
元旦祭 一月一日午前一時
祈年祭 十二月十七日
大 九月十五日
新穀感謝祭 十一月二十三日