武蔵一宮の古社で広大な見沼の名残りの神池をもつ大宮氷川神社

氷川神社

埼玉県さいたま市の大宮氷川神社は、「大いなる宮居」の意味で大宮の地名の由来にもなった古社です。須佐之男命・稲田姫命・大己貴命を祀る関東では珍しい出雲系の神社として崇敬され、初詣では200万人以上の参拝客を集めます。

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大宮氷川神社へのアクセスと駐車場

大宮氷川神社はJR大宮駅の日が愚痴から歩いて15分ほどの場所にあります。途中の氷川参道は江戸時代につくられたもので、中山道の一の鳥居から直線で2キロ続く立派な参道です。

マイカーで大宮氷川神社にアクセスする場合ですが、首都高速埼玉新都心線のさいたま見沼出入口から北に10分ほどドライブすると境内に到着できます。神社境内周辺には、第一駐車場から第三駐車場までと西駐車場のがあり、無料で駐車できます。ただし、初詣の時期は混雑のため閉鎖されます。
車のお祓いを希望する場合は、第二駐車場の付近に境内への進入路がありますので、楼門わきの車祓所に駐車します。

境内の見どころやパワースポット

大宮氷川神社は古い歴史をもち、隣接する大宮公園はもともと大宮氷川神社の境内地だったほどの広大な面積を誇ります。朱色の大きな楼門をくぐった先にある社殿は当然ながら参拝ルートになりますが、社殿の右手にある門客人神社は、以前は謎の地主神アラハバキを祀っていたという境内社のひとつです。
また、楼門の前の神池は、古代には巨大な見沼の一部だったという境内屈指のパワースポットで、中島には宗像三女神を祀る宗像神社が鎮座しています。

大宮氷川神社の御朱印

大宮氷川神社の楼門を入った先に授与所があり、ここで御朱印をいただくことができます。初穂料は500円です。御朱印といっしょに由緒書や境内図、そして御神菓の飴もいただけます。

大宮氷川神社の御由緒

大宮氷川神社の御由緒については、社頭の案内板に次の通り書かれています。

氷川神社
所在地 大宮市高鼻町四ノ一ノ一
氷川神社は、社記によると第五代孝昭天皇の三年四月未の日の創立と伝えられる。
当社は、古くから歴朝や武将の尊崇をあつめた由緒ある大社としてその歴史を誇っており、「大宮」の地名もこの氷川神社に由来することは衆知のとおりである。
古くは景行天皇のとき、日本武尊が東征のおり当地に足をとめて祈願され、また成務天皇のとき、武蔵国造となった兄多毛比命が出雲族を引きつれてこの地に移住し、氷川神社を奉崇したと伝えられる。その後、聖武天皇(七二四~四九年)のとき「武蔵国一の宮」と定められ、ついで称徳天皇の天平神護二年(七六六)には、朝廷から武蔵国では当社だけに封戸(三戸)が寄進された。さらに醍醐天皇の延長五年(九二七)の「延喜式神明帳」には、名神大社として破格の月次新嘗の社格が与えられている。 このほか、鎌倉時代には、治承四年(一八〇)に源頼朝によって社殿の再建と社領三千貫が寄進されたといわれ、足利、北条氏も相次いで尊仰した。その後、江戸時代の慶長九年(一六〇四)には、徳川氏より社領三百石が寄進され、また、文禄五年(一五九六)と寛文七年(一六六七) には社頭の整備と社殿の造営が行われている。
その後、明治元年(一八六八)東京遷都に際し、当社を武蔵国の総鎮守「勅祭の社」と定められ、明治天皇みずから親拝になった。同四年官幣大社となり、同十五年に本殿・拝殿などを改造し、さらに昭和十五年に本殿・拝殿・回廊などを造り変え、現在の景観となっている。
祭神は須佐之男命・稲田姫命・大己貴命。
例大祭は八月一日。そのほか神事の中で特に有名なのが十二月十日の大湯祭である。
昭和六十年三月 埼玉県 大宮市