犬山瑞泉寺

犬山瑞泉寺 寺院

瑞泉寺は、愛知県犬山市にある臨済宗妙心寺派の寺院で、妙心寺中興開山として知られる日峰宗舜が開創しました。江戸時代には塔頭24か寺を数え、現在でも周囲には犬山城主・成瀬氏の菩提寺である臨溪院ほかが残ります。また、鐘楼に施された三猿の彫刻は、名工・左甚五郎の作とされています。

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旅行先の地図

旅行先の概要

御本尊虚空蔵菩薩
所在地愛知県犬山市犬山瑞泉寺7
交通 名鉄「犬山遊園駅」から徒歩約5分
中央自動車道「小牧東IC」から車で約25分
拝観料 無料
駐車場 犬山遊園駅前に舗装された時間貸し有料駐車場(名鉄協商パーキング、平日日中30分100円)、他に瑞泉寺周辺に参拝者用の無料駐車場あり
URL
連絡先青龍山瑞泉寺 0568-61-0243

神社・寺院・名所旧跡の歴史

瑞泉寺は、愛知県犬山市にある臨済宗妙心寺派の寺院です。

仁渓慧寛が記した『青龍山瑞泉寺記』によれば、尾張国の継鹿尾山に寓居していた内田左衛門次郎が、伊勢国朝熊山(金剛證寺)を詣でたときに日峰宗舜と出会い、その後継鹿尾山で再会したのをきっかけに、日峰宗舜に一山を寄進したのがはじまりです。

この場所は水に乏しいと思われたため、弟子の蜂屋玄瑞に下見をさせたところ、にわかに泉が湧き、青龍が現れて天に昇ったため、「青龍山瑞泉寺」という名前になったという逸話も載せられています。

この日峰宗舜が伊勢国朝熊山から虚空蔵菩薩を勧請し、師匠である無因宗因を開山に仰いで大伽藍がようやく整備されたのは、室町時代の応永22年(1415)のことになります。

京都にある本山の妙心寺は、建武4年(1337)に花園法皇がみずからの離宮を充てて禅寺としたことにはじまる名刹ですが、大内義弘の乱(応永の乱)に加担した嫌疑で将軍・足利義満に寺領を没収されて廃絶したため、日峰宗舜はいったん本山である妙心寺に戻って中興に努め、後事を弟子の義天玄詔に託しています。

そのため、瑞泉寺は名目上の開山を無因宗因とし、二世を実質的に開創した日峰宗舜、三世を義天玄詔として、その後も臨済宗妙心寺派の高僧に引き継がれますが、妙心寺の流派が雪江宗深から景川宗隆(龍泉派)、悟渓宗頓(東海派)、特芳禅傑(霊雲派)、東陽英朝(聖沢派)のいわゆる「四派」に分かれた後も、瑞泉寺は四派輪住の寺院として重きをなします。

詩人・歌人として知られる万里集九の『梅花無尽蔵』には、文明11年(1479)、舟下りをして継鹿尾山八葉蓮台寺と瑞泉寺まで旅行し、白い梅花の美しさに感動して「有花即入門」という漢詩を賦したことが記されており、当時の様子が偲ばれます。

戦国時代の永禄8年(1565)、織田信長が犬山城の織田信清を攻略した際は、瑞泉寺も兵火にかかって焼失しますが、稲葉山城下を「岐阜」に改名するよう提言したとして知られる沢彦宗恩の介添えによって、「材木召下に付、河並諸役除之状如件」という、課税免除を約束する織田信長の朱印状を勝ち取り、用玄楚全によって再興されます。

また、美濃国主の斎藤義龍が、自らが帰依する別伝宗亀に建てさせた伝燈護国寺に国内禅宗寺院の統制権を一任しようとして沸き起こった朝廷・将軍を巻き込む紛争、いわゆる「永禄別伝の乱」の際には、後に甲斐武田氏と命運を共にし「心頭滅却すれば火もまた涼し」の遺偈で知られることになる快川紹喜(当時は美濃国崇福寺住職)が美濃国を出奔し、この尾張国瑞泉寺に入っています。

その後も瑞泉寺は豊臣秀吉から寺領50石の寄進と諸役免除の朱印状を得、次いで江戸時代に入ると「徳川御三家」のひとつである尾張徳川家からも寺領を安堵され、その庇護のもとで24の塔頭を数える大寺院として隆盛し、現在も瑞泉寺のまわりには、犬山城主・成瀬氏の菩提寺である臨溪院のほか、龍泉院、龍済寺、輝東寺、臥龍寺の各寺院が密集しています。

明治時代に入ると、折からの廃仏毀釈運動や社寺上知令による境内地の国有化、廃城令による犬山城の荒廃などによって、一転して危機を迎えますが、妙心寺派管長を務めた無学文奕が瑞泉寺の住持となり、伽藍改修などの再建策が図られることになります。

瑞泉寺には狩野探筆の「維摩(ゆいま)図」をはじめとする寺宝が残るほか、明応3年(1494)に建築された鐘楼には名工・左甚五郎の「三猿」の彫刻が見られます。また、「総門」は犬山城の内田御門を、「裏門」は兼山城(鳥峰城、美濃金山城とも呼ばれる)の二の門を移築したものといいます。

犬山成田山に近い地蔵堂には無学文奕ゆかりの「身代地蔵尊」が祀られ、愛知県江南市の地蔵寺にある「子育て地蔵」、同じく常観寺にある「お釜地蔵」とともに、「尾張三地蔵」と呼ばれています。

車椅子で旅行するポイント

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【1】北側の犬山遊園駅から臨溪院までは自動車で乗り入れでき、臨溪院奥に舗装された参拝者駐車場がある。

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【2】しかし臨溪院参拝者駐車場から南側は道路狭隘のため、歩行者は通行可能だが、自動車では直接瑞泉寺に乗り入れることができない。

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【3】南側公道を通れば瑞泉寺境内入口まで自動車で進入可能で、中門へは歩行者用の石段と、その脇に坂道になった車道が取り付けられている。

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【4】瑞泉寺の中門・車庫の間には、アスファルト舗装された自動車での乗降可能な若干のスペースがある。

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【5】瑞泉寺境内は玉砂利が敷かれ、裏門や毘沙門、地蔵堂方面へは階段路だが、本堂に向かう参道部分のみは石畳で平坦。

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【6】瑞泉寺の本堂。手前までは平坦になっている石畳の参道を通って移動が可能である。

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【7】地蔵堂は犬山成田山の側道の坂道に迂回すれば自動車でアクセス可能で、参拝者駐車場もある。

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【8】犬山遊園駅前、有料駐車場奥まで進むと多目的トイレがある。他にも県道沿いに同様に公衆トイレがある。

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【9】多目的トイレ内部(手すり、緊急通報装置、オストメイト汚物流しあり)



犬山瑞泉寺境内図

移動のしやすさ ★★★☆☆
バリアフリーの状況 
瑞泉寺は犬山遊園駅東側の高台にあり、犬山遊園駅からは急な坂道となるので、車椅子移動を前提とすると、犬山遊園駅前の有料駐車場は事実上利用できないが、駅前の身障者用トイレは重宝する。
瑞泉寺に自動車で直接乗り付けるのであれば、南側の公道から進入して中門前のスペースで停車した上で車椅子に乗り換えるのがよい。境内は玉砂利が敷かれているが、参道部分だけは石畳で平坦になっている。
もしも北側の臨溪院からアプローチする場合は、臨溪院の参拝者駐車場までは自動車で侵入可能だが、その先は道路狭隘のため自動車が進入できないので注意。
なお、本堂のある場所からは飛び地の「身代地蔵尊」へは、犬山成田山の側道の坂道を登れば自動車で直接行くことができ、駐車場もある。

周辺の名所・観光スポット

国宝犬山城

国宝犬山城は、愛知県犬山市の木曽川河畔にある城郭で、天文6年(1537)に織田信長の叔父・織田信康が築城、その後城主となった石川氏、成瀬氏らが改築したもの。天守閣が現存する「現存12天守」のひとつで、松本城、彦根城、姫路城、松江城とともに国宝に指定されている。白壁に唐破風を配する美しい姿で、李白の詩にちなんで荻生徂徠が「白帝城」の異名を付けたとされる名城である。
【犬山城の敷地内に身障者トイレ、スロープがあるが、途中は凹凸ある石畳で勾配が急なため、必ず介助者は必要。天守閣の内部は急階段のため車椅子は不可。券売所脇に身障者用駐車場があるので、事前連絡をして門扉を開けてもらい、進入路を通って自動車で近くまで移動のこと。】

■参考リンク:国宝犬山城

寺院
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