福満虚空蔵尊圓蔵寺

福満虚空蔵尊圓藏寺 寺院

福満虚空蔵尊圓藏寺は、福島県河沼郡柳津町にある臨済宗の寺院で、地名から「柳津虚空蔵尊」とも呼ばれます。平安初期の大同年間に徳一が創建したとされ、千葉県の清澄寺、茨城県の村松虚空蔵堂とともに「日本三大虚空蔵」と位置付けられています。また、どこからともなく現れた赤毛の牛が寺院建立のための資材を運んだという伝説から、会津の郷土玩具「赤べこ」発祥の地ともいわれます。弘法大師作と伝わる虚空蔵菩薩を安置する菊光堂は、只見川沿いの見晴らしのよい断崖の上に懸崖造で建てられています。

スポンサーリンク

旅行先の地図

旅行先の概要

御本尊釈迦如来
所在地福島県河沼郡柳津町柳津字寺家町甲176
交通 磐越自動車道「会津坂下IC」から車で約10分
JR只見線「会津柳津駅」から徒歩約10分、または会津バス柳津線(柳津ふれあい館行き)経由で約4分、「柳津虚空蔵下」停留所下車
拝観料 無料
ただし、「霊寶殿」(宝物殿)のみ拝観料300円
駐車場 「裏参門」前および境内裏手「圓蔵寺会館」入口に舗装された参拝者用の無料駐車場あり(「圓蔵寺会館」入口のものは大型車可)
「仁王門」下の町営観光休憩所脇の有料駐車場は普通車200円、マイクロバス400円
URL
連絡先 圓蔵寺 0241-42-2002

神社・寺院・名所旧跡の歴史

福満虚空蔵尊圓蔵寺は、福島県河沼郡柳津町にある臨済宗の寺院で、山号は「霊巌山」といい、その地名から「柳津虚空蔵尊」とも呼ばれます。

『圓蔵寺縁起』では、菊光堂本尊の虚空蔵菩薩像は、弘法大師が入唐の折に授かった霊木で刻んだもので、海中に投じた霊木が寄り付いた先が常陸国の村松山日高寺(大満虚空蔵)、安房国の千光山清澄寺(能満虚空蔵)、そして新潟を経由してここ柳津に至ったという伝説を載せており、3者をあわせて「日本三大虚空蔵」などと総称されます。

なお、同じ令制の陸奥国にあたる宮城県登米市にも「柳津虚空蔵尊」(柳津山宝性院)があり、こちらは行基作とされる虚空蔵菩薩像を秘仏本尊とし、会津柳津と周防国柳津(山口県柳井市の湘江庵)を加えて「日本三大虚空蔵」と呼んでいます。

『新編会津風土記』によれば、平安時代初めの大同2年(807)、弘法大師作の虚空蔵菩薩像を安置するため徳一が虚空蔵堂を建てたのがはじまりで、そのとき別当寺として圓蔵寺が建立されたといいます。

もとは法相宗だったものの、南北朝時代の至徳年間(1384~1387年)、時の住職・義乗が霊夢を見て、興徳寺(会津若松市)の大圭を中興として臨済宗に改めます。

慶長16年(1611)、蒲生秀行が領主のときに臨済宗から真言宗に改宗させられますが、その後会津大地震で舞台が倒壊し、裏山も崩れたため、民衆から祟りと噂されたといいます。

これに関連して、昔から禁漁とされていた只見川東岸の「魚渕」(国天然記念物)と呼ばれる場所で、蒲生秀行が毒を流して魚を獲った(毒流し、毒もみ、根流し)ところ、虚空蔵菩薩の化身とされるウグイだけは毒に中らなかったといいます。果たしてその年に会津大地震で多くの死傷者を出し、蒲生秀行自身も早死にしたため、ますます祟りと恐れられました。この話は『新編会津風土記』のほか、南町奉行の根岸鎮衛が記した随筆集『耳嚢』などにも登場しています。

寛永4年(1627)にはもとの臨済宗に復し、その後会津に移封された松平家からも、先例にしたがい寺領200石の寄進を受け栄えますが、特に弘法大師作の虚空蔵菩薩を安置する現在の「菊光堂」は、文政元年(1818)の柳津大火後、住職・喝厳の尽力で会津松平家の保護を受けて文政13年(1830)に再建されたもので、総欅(けやき)造りの壮大なものです。只見川を見下ろす断崖上に懸崖造り(舞台造り)の手法で建てられており、眺望の良さで知られています。

また、その際にもはや災難に遭わないようにという語呂合わせで、喝厳和尚の発案により「あわまんじゅう」が生まれたとされ、現在も円蔵寺の門前には地元名物としてこのまんじゅうを売る店が並びます。

これに先立つ文化14年(1817)とみられる年(推定)には、越後から良寛が圓蔵寺の香聚閣を訪れたことが知られており、「宿也奈伊津乃香聚閣早興眺望」(也奈伊津の香聚閣に宿り早に興きて眺望す)と題する漢詩を賦しています。

水難避けの弁財天を祀る「奥之院弁天堂」は、同じく徳一開創とされますが、室町時代の応永年間(1394~1428年)に建立された3間四方の禅宗様式の建物が国の重要文化財に指定されています。

圓蔵寺に残る伝説として、菊光堂の建立にあたっては、どこからともなく現れた赤毛の牛(べこ)が寺院建立のための資材を運んだというものがあり、そのためにこの寺は会津の郷土玩具「赤べこ」発祥の地とされ、境内にも大きな赤べこが置かれています。

福満虚空蔵尊圓蔵寺では、毎年正月7日の夜、大鐘を合図にして褌姿の男たちが菊光堂の内部に吊り下げられている大鰐口を目指して麻縄をよじ登る「七日堂裸詣り」とよばれる奇祭が行われます。これは如意宝珠を奪いにやってきた只見川の竜神を追い払った故事にちなむものとされています。

車椅子で旅行するポイント

福満虚空蔵尊円蔵寺_1.jpg

【1】福満虚空蔵尊円蔵寺の門前、観光案内所側からの表参道は断崖を上る石段が続くので車椅子は不可。

福満虚空蔵尊円蔵寺_2.jpg

【2】裏手の円蔵寺会館方面に回ると舗装された大型車可の参拝者用無料駐車場がある。

福満虚空蔵尊円蔵寺_3.jpg

【3】駐車場からは円蔵寺会館までは平坦な石畳の参道が続き、他の場所も地面は平坦である。

福満虚空蔵尊円蔵寺_4.jpg

【4】菊光堂へ行くには階段路しかないので車椅子不可。円蔵寺会館がある高台から眺望するのみとなる。




福満虚空蔵尊圓藏寺境内図

境内配置図
霊宝殿 トイレ 圓蔵寺会館 人形塚 千本杉 水子地蔵尊 自衛消防屯所 庫裡 龍蔵権現 裏参門 水殿 菊光堂 鐘楼 売店 仁王門 大日堂 柳津町営観光休憩所 只見川 只見線 柳津温泉 福島県道225号会津柳津停車場線 会津柳津駅 奥之院弁天堂 

移動のしやすさ ★★★☆☆
バリアフリーの状況 圓蔵寺の境内は大きくは下段の「菊光堂」がある区画と上段の「圓蔵寺会館」がある区画に分かれている。このうち上段の区画は舗装済みの駐車場に隣接し、境内参道部分も石畳で舗装され平坦となっている。しかし残念ながらここから「菊光堂」がある下段の区画には階段を経由せずに容易に移動することは難しそうである。上段の境内のトイレは入口がフラットなほか、南1キロ先の国道252号(沼田街道)沿いには「道の駅会津柳津」があり、オストメイト対応の身障者トイレなどが設置されている。

周辺の名所・観光スポット

道の駅 会津柳津

「道の駅 会津柳津」とは、奥会津の玄関口にあたる柳津町の国道252号沿いに開設された道の駅で、観光物産館「清柳苑」や巨大足湯がある「憩いの館ほっとinやないづ」、地元木版画家の作品を展示する「やないづ町立齋藤清美術館」が併設されています。 お食事処や喫茶コーナーでは、地元の博士山麓名物のそば粉100パーセントの「博士そば」をはじめとして、「あわソフトクリーム」や「柳津ソースカツ丼」などのメニューが楽しめます。また、近くの只見川沿いにはSLをかたどった遊覧船で只見川下りができる「柳津観光船」の乗り場もあります。
【身障者用駐車場・トイレ(オストメイト対応)・スロープ・車椅子貸出あり。ただし、「柳津観光船」は車椅子不可。】

■参考リンク:観光物産館清柳苑(道の駅、まちの駅)