徳川光圀が楠木正成が自刃した湊川の地に建立した嗚呼忠臣楠子之墓

嗚呼忠君楠子之墓

兵庫県神戸市にある「嗚呼忠臣楠子之墓」は、湊川の戦いで足利尊氏に敗れてこの場所で自刃した南朝の忠臣楠木正成の事績に感動した水戸藩主の徳川光圀が、元禄年間に家臣に命じて建てさせた墓碑です。現在の湊川神社の境内にあり、亀趺とよばれる亀の形をした台座の上に建っています。碑の裏側には明の遺臣朱舜水が撰文した文章が刻まれています。

嗚呼忠臣楠子之墓のアクセス方法と駐車場

嗚呼忠臣楠子之墓は湊川神社境内の入口付近にあります。
公共交通機関でアクセスするには、阪神電気鉄道・阪急電鉄の神戸高速線「高速神戸駅」で下車すればすぐです。
マイカーやレンタカーの場合は、阪神高速3号神戸線「京橋出入口」又は「柳原出入口」から約5分です。
参拝目的の場合は境内西側から駐車場に入れます。

嗚呼忠臣楠氏之墓の由緒

嗚呼忠臣楠氏之墓の由緒について、碑の前には次のような案内があります。

史跡 楠木正成公墓碑
一、指定区域 三百六十四坪四合
一、指定年月日 昭和二十六年六月九日
一、由緒 此の墓碑は延元元年 (一三三六年) 五月二十五日御殉節せられて後、三百五十年余を経た元禄五年(一六九二年)十二月二十一日徳川光圀公によって建立せられたものである。 碑面八文字「嗚呼忠臣楠子之墓」は 光圀公筆にして碑陰に明の遺臣朱舜水の撰文を彫す。